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COMMUNICATIONS

エッセイ

空飛ぶ円盤を求めて

スティーブン・ドッド(ロンドン大学SOAS 名誉教授/日文研外国人研究員)
2022年12月15日

 私は当初、2020年4月から来訪研究員として日文研を訪れる予定でした。しかし、コロナ禍ですべてが変わり、ロンドンに留まらざるを得なくなりました。それでもありがたいことに、2022年4月からの開始へと変更の許可をいただき、ようやく京都に来ることができたので、喜びもひとしおです。日文研の事務スタッフの方々には、本当に辛抱強くご対応いただき、感謝しています。また、所内にいる多くの素晴らしい常勤・来訪研究員の方々と出会えることにも感激しています。

 私の研究分野は三島由紀夫で、現在特に興味があるのは、私が最近英訳した『美しい星』という小説です。この小説には、埼玉県飯能市に住む母、父、息子、娘の4人家族が登場し、彼らはそれぞれ別の惑星から来たのだと信じています。自分たちの使命は、地球での核戦争の脅威が迫る中、人類を滅亡から救うことだと考えています。この作品には、冷戦の真っ只中にいた当時の多くの人々が抱いていた実存的な不安が表れています。三島が本作を執筆していたのはベルリン危機が起きた1961年頃で、その翌年にはキューバ危機が勃発しています。つまり、当時は多くの不安な出来事が起きていたのです。

「美しい星」(英訳)書影

『美しい星』(英訳) 三島由紀夫著、スティーブン・ドッド訳、Penguin Modern Classics、2022年

 核兵器がもたらし得る破壊に対する人々の恐れは、「空飛ぶ円盤」の目撃談などを通じて世界中に広まりました。これらの宇宙船は、「恐ろしく強力な攻撃を空から突然仕掛けてこられる」という当時の人間の不安を具現化した存在として解釈することができます。その一方で、宇宙人は人類を最悪の衝動から救ってくれるのではないかというポジティブな考え方をする人々もいました。三島は一時期、UFOに凝っており、仲間のUFOファンとともに空を見上げて宇宙船を見つけようとしたこともあります。『美しい星』は、真夜中の星空の鮮やかな描写から始まります。主人公一家は、埼玉県飯能市の羅漢山に登り、宇宙人の到来を興奮気味に待ち望みます。しかしその夜、空飛ぶ円盤は出現せず、彼らは失望します。その後はそれぞれが、宇宙人と人間の間を取り持つような活動を展開していきます。ラストは実に面白いのですが……それは、小説を読んでのお楽しみです。

天覧山説明版写真

 日文研のおかげで、三島由紀夫の小説、特に空飛ぶ円盤の役割について、私なりに理解を大きく深めることができました。研究調査のための出張費をいただけたので、実際に飯能市へ行き小説に登場する羅漢山に登ることができました。日中だったものの、夜空を見上げて雲間に浮かぶ奇妙な宇宙船を探す作中の家族が感じたスリルに想いを寄せました。『美しい星』を追体験できたような気がします。こうした体験は、私が三島とその文学、そして彼が執筆活動をしていた時代について、より深い洞察に満ちた論文を書くための刺激を与えてくれるでしょう。

展望写真

第1章で大杉家がUFOの到来を待った飯能市の天覧山からの眺め。(筆者撮影)