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COMMUNICATIONS

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京都の端から、こんにちは 第66回

井上章一(所長)
2026年7月31日

 いわゆるAIは、しばしば嘘をつくそうです。知人の歴史研究者が、そう言っていました。たとえば、専門家たちも検証しきれていない歴史事象の真相をAIにたずねます。すると、AIはとうとうと答えてくれるらしい。まだ、誰もつきとめていないことを、さもわかったような顔をして。

 知ったかぶりをするだけやない。あいつらは、史料をでっちあげよるんや。実在しない記録を、勝手につくりよる。ひどいもんやと、くだんの歴史家はぼやいていました。わかりません、ごめんなさいという返事がAIにはできないんでしょうね。

 AI時代の人文学はどうあるべきか。その途をさぐれと、このごろよく言われます。ならば、いっそのことどうでしょう。このさい、AIのつく嘘を、人文諸学各方面からあつめるのも、一興ではありますまいか。AIの虚言癖を、その傾向と対策もかねて分析する研究は、あってもいいと思います。

 興味本位で言っているわけではありません。AIは人間のもつ能力を電脳化により肥大化させた装置です。そこには人間的な虚栄心もあるでしょう。自己正当化ゆえの空疎な物言いも。しかも、それらが極大化された形で見てとれるわけです。

 そこを見つめ、人間自身の闇を見つめるのも人文学の仕事ではないでしょうか。