COMMUNICATIONS
遠い日本、近い思想―アラビア語で出会う近代日本―
国際日本文化研究センター(日文研)での滞在は、研究者としてだけでなく、ある意味では「翻訳者としての冒険」のような時間でもあった。私の専門は、近代日本とイスラム・アラブ社会における近代化の比較研究である。同時に、近代日本思想が翻訳や知識移動を通してアラブ世界でどのように理解されてきたのかにも関心を持っている。つまり、日本で生まれた思想が、いつの間にかアラブの知識人の議論の中に現れるという、不思議で興味深い知的な旅の跡を追っている。翻訳したのは、井上円了著『教育宗教関係論』や福澤諭吉著『女大学評論・新女大学』などである。翻訳は地道な作業だが、時々思いがけない反応に出会う。福澤の著作について、ある読者は「彼の文章は、まるで現代アラブ社会が直面する問題に示唆を与えているようだ」と書き、別のレビューでは「日本の思想家をアラビア語で読むと、彼らが日本人であることを一瞬忘れてしまう。だが読み終わる頃には、なぜか日本に行きたくなる」と述べていた。
また、円了と福澤の著作を読み比べた読者の中には、「同じ近代日本の思想家であるにもかかわらず、まるで遠い国から来た思想家のように政治・教育・宗教の関係について全く異なる態度を取っている」と指摘する人もいた。さらに、美濃部達吉の著作を読んだある読者からは、「戦前の日本の憲法学者は皆国粋主義者だと思っていたが、日本史を読み直さなければならない」という感想も寄せられた。翻訳を通して、アラブの読者が近代日本思想の多様性に気づいてくれたとすれば、それだけでも小さな架け橋になったのではないかと嬉しく感じている。
また、「どうすればアラブ世界にも渋沢栄一のような人物が生まれるのか」という質問を何度も受けてきた。私はよく、近代エジプト経済の形成を主導したタラアト・ハルブ(Tal‘at Harb, 1867–1941)が、しばしば「アラブ近代経済の父」と称され、ある意味において渋沢と比較され得る存在であることを紹介している。しかし、この問いは同時に、「なぜ日本研究者は日本の経験を日本だけのケーススタディにしてしまうのか」「それは現代のアラブ社会にどのような意味を持つのか」という、私自身への問いでもあった。
考えてみれば、日本の近代思想をアラビア語に翻訳する作業は、日本を説明するためだけでなく、アラブ社会をもう一度考え直すための鏡でもある。これまでアラブ世界では、日本についての多くの知識が英語や中国語を経由した資料から理解されてきた。しかし、日本の思想家の言葉がアラビア語で直接読まれるようになると、日本はもはや遠い国の歴史ではなく、同じ問いを共有する社会の一つとして立ち現れてくる。

日本近代思想をアラブ世界に紹介するため、エジプトで刊行された福澤諭吉・井上円了・美濃部達吉などのアラビア語翻訳書


