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COMMUNICATIONS

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京都の端から、こんにちは 第36回

井上章一(所長)
2023年10月31日

 1945年8月14日に、アメリカ人は対日戦争の勝利を知りました。戦勝をいわうため、人々は街へくりだします。市中の広場や目抜き通りは、群衆でうめつくされました。見知らぬ男女が抱擁や接吻にいたるケースもあったそうです。ニューヨークでうつされたスナップ写真は、『ライフ』の表紙にもなりました。

 あざやかな構図でしたね。でも、そのみごとさゆえに、私はうたがってきました。やらせじゃないのか、と。

 もう、20年ほど前のことです。私は甲子園球場で、若い女性からしがみつかれたことがあります。彼女は阪神の逆転勝利で感きわまり、横にいた私へ歓喜をぶつけてきたのです。祝祭の一瞬にはこういうこともあるのだと、私は実感しました。『ライフ』の写真をうたがわなくなったのは、その時からです。

 ですが、最近、職場の同僚が教えてくれました。あの写真で被写体となった女性は、不意打ちをくらっている。とつぜん、くちびるをうばわれ、困惑させられていたのだ、と。

 聞かされて、想いだしました。私も甲子園での抱擁には、まずうろたえたことを。人目もありますしね。ですが、私はこの一件を自分のモテ話に変形し、知友へ語ってきました。雄々しさを良しとする古い文化に、迎合したのです。今は反省をしているところです。