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RESEARCH

藤間生大コレクションの学術的意義

呉座勇一(准教授)
2026年1月5日

 昨年の10月に日文研プロジェクト「藤間生大・石母田正アーカイブ・コレクションのデジタル化作業に基づく戦後歴史学の思想形成に関する国際共同研究」が採択され、現在、プロジェクトに着手したところである。このプロジェクトは、本所の磯前順一教授(2026年3月退職予定)が遺族から委ねられた藤間・石母田のアーカイブ・コレクション(書籍・書簡・写真・日記等)のデジタル化を目的とするものである。まずは藤間コレクションのデータベース化から進める予定である。

 藤間生大は、1913年広島生まれの歴史学者(日本古代史)で、石母田正と共に国民的歴史運動を主導し、英雄時代論争(ヤマトタケル論など)をリードするなど、戦後の一時期、歴史学界の寵児であった。しかし彼らが主導した国民的歴史学運動が挫折すると、藤間は歴史学界の中枢から離れ、半ば「忘れられた歴史家」となっていた。そんな藤間が再出発の場として選んだのが熊本であり、1971年に熊本商科大学(現熊本学園大学)の教授として招かれると、すでに還暦を迎える年齢にもかかわらず精力的な研究活動を行い、熊本近代史研究会の中心人物として熊本歴史学の発展に努めた。その視座は、熊本を起点とし、日本のみならず東アジアまでを包括する壮大な歴史観を有し、英雄時代論が挫折した後の新たな民族論を「東アジア世界論」として熊本の地で再構築する。藤間の東アジア世界論は、病に倒れ研究を断念せざるを得なかった石母田の志を引き継ぐ意味を持っていた。

 藤間の旧蔵資料は現在、藤間家の新井知子氏および藤間の教え子であった山下敏文氏の管理下にあり、藤間旧宅を改築した熊本県合志市の社団法人・藤間生大「希望の歴史学」記念館に収蔵されている。著名な歴史学者の旧蔵資料が丸ごと保存整理されることは稀有な事例である。

 藤間コレクションのデータベース化およびその活用を通じて、藤間のマルクス主義歴史学が戦中・戦後の日本の政治・社会状況にどのように規定され、冷戦体制下の東アジア世界をどのように捉えていたのかを明らかにすることができる。特に藤間が研究者に宛てた書簡の控えをデジタル化し、研究対象として積極的に活用することで、石母田正、網野善彦、安丸良夫など戦後歴史学を代表する研究者が藤間生大との学問的交流を通じて自らの史学研究をどのように発展させたかを解明することができる。今後の成果にご期待いただきたい。

藤間記念館外観(筆者撮影)