RESEARCH
「周縁」と「底辺」からの眼差し―大衆文化研究プロジェクトに携わって学んだこと
日文研が2016年から2021年まで行ってきた大型研究プロジェクト「大衆文化の通時的・国際的研究による新しい日本像の創出」が終了した。その成果として「大衆文化研究叢書」シリーズ(5巻)が刊行され、目下韓国語や中国語への翻訳が進められているように、国内のみならず、海外からも大変高い評価を受けている。
公的にはこれで当プロジェクトは一つのピリオドを打ったことになるが、6年間もこの大衆文化研究に身を投じた私自身の中ではその取り組みはけっして終わっておらず、むしろ新たなスタートを迎えた気持ちの方が日増しに強くなってきている。何故ならば、この間、数多くの「大衆」的文化資源と出会ったことにより、まさに「周縁」と「底辺」から歴史を見直す眼差しを獲得し、遅ればせながらも自分なりのパラダイムシフトをひそかに始めようとしているからである。
日中文化交渉を専門とする私にとって、日本人の中国観・中国認識はつねに重要な研究テーマである。そして、今まではその内実を検証する際に、往々にして国の政策や著名な言論人、文学者の代表的な言説を取り上げて分析してきた。しかし、大衆文化研究プロジェクトで蒐集した数々の中国関連の従軍記や旅行記、宣伝用パンフレット、写真集、絵葉書などに接したことで、これらの中にこそ、より広範かつ甚大な影響力を持つ中国認識や中国想像が潜んでいる事実に気付いたのである。そして、なぜ明治以降多くの日本人が大陸への幻想を抱きながら中国に渡っていったかの理由もいささか理解できるようになった。つまり、国の政策や著名人の言説よりも、これらの大衆メディアが彼らを蠱惑(こわく)し、動員するのに断然大きな力を発揮していたのだ。
「脱胎換骨」という中国語がある。日本語の「換骨奪胎」と違って、従来の殻を打ち破ってふたたび新生を獲得するという意味で使われている。そこまでには至らなくても、大衆文化研究が自分の研究姿勢を反省させ、還暦を過ぎた老躯に新たな挑戦課題を課したことは間違いない。