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退職にあたり

辞職の辞—「辞職」する者が、職場に伝言を遺して行く、というのは、妙ですね

稲賀繁美(教授)
2021年3月12日

◆一時は文科省から強く推進されていたcross appointmentでもできれば、定年まで残りたかったが、新学部に改組する私立大学への赴任を要請されたため、日文研を任期一年残して辞職する。大連で教鞭をとった祖父も、広島に奉職した父も、短命で、定年を待たずに辞職している。

◆法人化以降、とりわけ第3期中期計画が始まって以来、国立の研究所はもはや自分の奉職すべき場所ではないと悟った。文科省や機構法人の方針には悉く反対だし、同僚には迷惑をかけるばかりだし、事務方からみても扱いの面倒な困った存在でしかないからだ。

◆大衆文化研究プロジェクト運営と日本関連在外資料調査研究・活用事業プロジェクト総括班責任者との両方の業務が一度に降ってきた。科学研究費・基盤研究(A)の研究代表者も兼業で、事務処理能力の限界を越え、大失策が続出した。大学院では専攻長を二度拝命、研究科長時代には博士論文審査の混乱で運営に大問題を発生させたが、教授会運営改善案も未了のままの離任である。

◆学術面でも、管理職を拝命して以降は、惰性以外の仕事は皆無。この8年ほど図書館に入る時間さえないまま畢った。めざましい成果をあげる若い同僚たちを見るにつけ、もはや彼らに譲るべき時節が到来したな、との自覚も強い。正教授15名足らずの小さな研究所に、世間様の認知もない無益な学者を置いてもらう余裕はあるまい。新陳代謝あるのみ。

◆国際交流にだけはもう少し貢献できるものかと自惚れていたが、日文研の外交展開にはまったく参与の機会なきままの辞職となった。6年前に纏めた「将来計画構想案」で提唱したVirtual AlumniやInternet Intercontinental Group Researchあるいは資料課・情報課・研究協力課を横断した広報・国際交流の一体的事業企画は、有為の職員同僚の手中にある。

◆井上章一所長を中心とした次世代に後事を託し、四半世紀の桂坂生活を終えたいと思う。現在および過去の同僚、事務関係者の皆様に改めて謝意を申し述べる。

稲賀先生写真

「基礎領域研究」で、フランス語の実践講座のほか武術技法の見直しを続けました。