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COMMUNICATIONS

エッセイ

江戸知識人のスクラップブックと日中貿易研究

劉序楓(台湾・中央研究院人文社会科学研究中心研究員/日文研外国人研究員)
2023年3月15日

 新型コロナウイルス感染症パンデミックの3年目、2022年7月に日文研に着任しました。予定より2年遅れでしたが、憧れの京都で長期滞在できることが何よりも嬉しいです。留学生時代は九州の福岡で過ごし、京都に数回訪れたことがありましたが、いずれも短期間の滞在だったため、京都の日常に溶け込んで暮らしたことはありませんでした。日文研は、市の中心から離れ、豊かな自然に囲まれた研究機関です。研究設備が整っている静かな環境で勉強しながら、窓から四季折々の美しい景色が見られるのが魅力です。また、京都周辺の名所旧跡や美術館・博物館を家族と訪れ、自然や歴史文化への理解を深めながら精神的な豊かさを得ることができ、この上ない幸せを感じています。

桂坂野鳥園

写真1:日文研に隣接する桂坂野鳥遊園の秋の風景(筆者撮影)

 私の研究分野は近世の長崎貿易史と東アジア海域史で、日文研での研究テーマは長崎貿易における文化伝播の媒体、とりわけ商品・商人と通事を中心としています。目下、日本各地に所蔵されている、江戸時代の知識人、例えば森島中良、木村蒹葭堂、大槻磐渓、松浦静山、松平斉民等が蒐集したものの貼込帖(スクラップブック)を手がかりに、中国から日本へ輸入された商品の内容と流通経路の探究を試みています。これらの貼込帖の内容はさまざまで、日本・中国・西洋・朝鮮・琉球といった各地の関係文物のほかに、一枚刷りのチラシ、引札、ラベル、広告、地図、暦、版画、印影、模写、漢詩文、書状などが見られ、蒐集者が何に関心をもっていたのかうかがえる資料です。さらにこれらのものの出所、または入手ルートを追究すると、当時の知識人の交流ネットワークの研究に大きな助けとなります。

一関市博物館テーマ展図録

写真2:『塵も積もれば―磐渓先生の貼り交ぜ帳』(一関市博物館テーマ展図録、2006年)

 日文研の研究費で、大槻磐渓(仙台藩の儒学者、父は蘭学者・大槻玄沢)家史料を所蔵する一関市博物館を訪れ、磐渓が蒐集したスクラップブック「塵積成山」(現存17冊、約1100点)を調査することができました。中国産商品の商標や広告が多く含まれ、中国から輸入した商品の内容・産地・流通経路を知る上で、貴重な史料と言えます。ちなみにこの「大槻家関係資料」は、日本の文化史や政治史における価値が高いとして、昨年(2022)の11月、国の重要文化財に指定されることになりました。

大槻三賢人像

写真3: 一関駅前広場に建っている「大槻三賢人像(玄沢・磐渓・文彦)」(筆者撮影)

 9か月の研究期間はあっという間に過ぎてしまい、まだやり切れていない仕事が多く残ったまま日文研を離れなければなりません。しかし、この間の生活体験は私や家族にとって忘れられない思い出になるでしょう。カウンターパートの劉建輝先生をはじめ、日文研の諸先生および事務職員の方々には大変お世話になり、心より感謝申し上げます。