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COMMUNICATIONS

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京都の端から、こんにちは 第22回

井上章一(所長)
2022年7月29日

 若いころ、私は、何度かブラジルへいったことがあります。ポルトガル語を公用語とするところです。滞在中は、ポルトガル語とかかわる一口噺を、よく耳にしました。たとえば、こんな話がありましたね。

 日本人は感謝の気持ちを、「ありがとう」という言葉で表現する。ポルトガル語だと、謝意は「オブリガード」になる。日本語の「ありがとう」は、この「オブリガード」から派生した……。

 冗談だと思われますか。でも、「ありがとう」の「オブリガード」起源説は、彼の地でしばしば聞かされました。おおまじめに語る人もいます。16世紀の日葡交易をつうじて、「オブリガード」は日本語に受容されたのだ、と。

 「ありがとう」の前身である「ありがたし」は、そのずっと前からありました。この「ありがたし」に「オブリガード」がかさなって、「ありがとう」へ変化した。その可能性はあるかもしれない。社交的なお愛想で、そのぐらい言ってもよかったかな。老人になった今、そう思うこともあります。でも、まだ若かった私には、それができませんでした。