COMMUNICATIONS
学問の自由と研究の総括作業としての日文研での一年
日文研で過ごした一年はもっぱら執筆に専念した。特に単著では、日本では忘れ去られたと言っても過言ではないニューギニア戦線の記憶が戦記もの、ドキュメンタリー、映画、紀行文、漫画などの幅広い媒体において、どう想像・創造され、また再想像・再創造されてきたのかをたどった。
兵士の戦記物においては戦争を地獄に例える比喩的表現や、「飢餓地獄」から逃れるための人肉食への抵抗と正当化の過程を追った。軍医の戦記では、戦場での負傷よりも、熱帯病などの疾病や食糧、薬剤、医療器具の不足のなかで軍医自らの使命を問う様子をたどった。ドキュメンタリーについての章では画面の表と裏で製作者と出演者の歴史認識が想像・創造される過程と、視聴者の共感・共苦の感情が引き出される様を検証した。映画の章においては俳優加東大介の『南の島に雪が降る』など2作の映画の比較をした。漫画と紀行文における歴史記憶の再想像・再創造についてはすでに出版された論文に加筆をした。
私の研究について話をすると様々な反応が来るが、冷めた反応を感じる。私の説明力不足もあるが、日本の戦争記憶の風化も一役を担っているのであろう。しかし、私も無関心だった一人である。研究テーマは研究者が選ぶのではなく、テーマが研究者を選ぶと言われたことがあるが、世界を転々とする中で、戦争記憶についての無知への恥ずかしさに気づいた私の場合にも当てはまる。
日文研での収穫をひとつ選ぶのは困難であるが、あえて挙げるとすれば、人文系分野の存続の危惧される現在に学問の自由を享受できたことであろう。激変する教育現場のなかで浸食されてしまった自らの研究者としての、さらに、人間としての価値観を回復する一歩を踏み始められたことも収穫である。この場を借りて、日文研の研究員と職員の方々から受けた協力と支援に深い感謝の念を表したい。
日文研公式Facebookでは、西野先生の「研究紹介 拡大版」を掲載しています。こちらもぜひご覧ください。