COMMUNICATIONS
日本 ― フランス ― シンガポール
絡み合うグローバル世界での「イスラム」との共創
昨年夏、京都で研究滞在をしている間に考えたいことがあった。世界では国同士、そして国内でも争いや対立が絶えず、ガザやウクライナの情勢はよく知られている。その中で、私にとって身近な日本・フランス・シンガポールという三つの地域を手がかりに、イスラム教徒(あるいは北アフリカ出身の移民)が各地で受けている偏見や差別をどうすれば緩和し、解消できるのかを考えてみたいと思った。日本や東南アジアのイスラムのあり方から、何かヒントが得られるのではないかと考えたからである。
というのも、私が暮らすフランスではこの問題がとても深刻で、私はその状況に心を痛めている。旧フランス植民地出身のアルジェリア系フランス人や北アフリカ出身者、そして広い意味での「イスラム教徒」が一部による攻撃の対象になり、人種差別は法律で禁じられているにもかかわらず、今も形を変えた差別やレイシズムが続いている。
特にアルジェリアの歴史は複雑である。アルジェリアはかつてフランスの県の一部だったが、独立戦争(1954 -1962)で勝利し独立したことで、両国の関係は一層こじれた。独立後、アルジェリアに住んでいたフランス系住民(ピエ・ノワール)はしぶしぶフランスに戻る一方、経済的不安などから多くのアルジェリア人は移民としてフランスに渡り定住した。その結果、一部のピエ・ノワールが自分たちの苦境をアルジェリア系移民のせいにするという図式が生まれたのである。彼らがフランスの復興に大きく貢献していたにもかかわらず。日本で言えば、在日韓国・朝鮮人の置かれた状況に少し似ているかもしれない。
さらに、こうした歴史的背景に加え、「イスラム」は都合よく政治利用されるようにもなった。フランスでは、イスラム過激派をフランスのイスラム全体と同一視する傾向が右派・極右に強い。「キリスト教とイスラムは相いれず、いずれフランスがイスラム教徒に支配される」という危機感が根底にある。その延長で、ヒジャブを着用する女性への敵視や、ラマダンの断食に参加できる年齢に制限をつけようとする動きまで出ている。
逆に、こうした差別や「フランス人として受け入れられない」という失望から、自分の拠り所として文化の一環としての宗教=イスラム教を選ぶ北アフリカ系の若者もいる。多くの場合、親から継承語が伝えられず言語的アイデンティティを持ちにくいため、第2世代がより厳格にイスラムを実践することがある。また、宗教に傾くほど社会に適応しづらくなり、適応できないから宗教に傾く、という悪循環につながることも多々ある。
この分断は、SNSの偏った情報拡散やフランス某テレビ局のフェイクニュース発信によって生まれ、さらに加速している面もある。日本でも、労働力不足や観光客増加を考えると、移民とどう共に生きるかは現実の課題となっている。すでに「日本人ファースト」を掲げて外国人排除を煽る政党もある。ただ、イスラム教徒の受け入れに関しては、墓地の建設をめぐる摩擦はある一方、ヒジャブやハラール食などについては大きな問題は起きていないようだ。マレーシアやインドネシア出身のムスリムが多いことが、比較的寛容な雰囲気につながっているのだろうか。それとも単に人数がまだ少ないため、脅威として見られていないのだろうか。
私はイスラムの専門家ではないが、カトリックと同じく、イスラム教徒といっても多様であることがわかった。サミュエル・ハンティントンの「文明の衝突」モデルのように、文明内部の多様性を認めない見方は、かえって固定的な対立構図をつくり出してしまうのではないかと懸念する。実際には、一つの文化圏には多様な人々がいる。大切なのは、多様なグループが互いに対話し、集まり、交流することである。たとえば、イスラム教徒がクリスマスを楽しんだり、逆にキリスト教徒がラマダンに参加したり、そうした「相互理解」が鍵ではないか。もっとも、既に実践している方達もいるし、特に20代、30代の世代は、その上の世代よりも自然に多様性を尊重し、差別的行為を弾劾する人が多いのは頼もしい。
最後に、人間は集団になると序列をつくりがちな生き物だが、人種だけでなく、宗教・国籍・民族なども本来は同等の価値を持ち、互いに敬意を払う努力は可能であり、しかも必要である。それこそ、共創の営みである。

写真1
リール市内のオペラ座 (向かって右) 、ネオ・フラマン様式の鐘楼を誇る商工会議所(左)、中央はクリスマス期に設置される「イモムシコースター」。(筆者撮影)

写真2
写真1の反対側の夜景。中央にリールのクリスマスの代名詞である大観覧車。左には、17世紀の穀物取引所。現在は中庭に古本屋が並んでいる。(筆者撮影)

写真3
ヨーロッパの十字路であるリールの街を象徴する草間彌生作「シャングリラのチューリップ」(2003-2004)。日本人のアーティストが東洋のエキゾチシズムを感じさせるシャングリラというネーミングを採用して、正に多様性を体現した作品になっている。ロンドン行きのユーロスターが発着するリールヨーロッパ駅とユーラリールショッピングセンターの間にある。(筆者撮影)


