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COMMUNICATIONS

着任のごあいさつ

毒が塗られた書物の歴史

馬場幸栄(人間文化研究創発センター 研究員 特任准教授/日文研特任准教授)
2025年2月13日

 2024年7月に着任いたしました。DH(デジタル・ヒューマニティーズ)担当として、DHに関わる国内外組織の連携を推進する各種事業を担当させていただいています。

 DHというのは、デジタル技術を積極的に活用した人文学研究、あるいは、人文学研究に役立つデジタル技術についての研究の総称で、文系と理系の両方にまたがる学際的な研究分野です。

 私の場合、ヒ素を含む書物について研究しています。

 人類は古代から多種多様な顔料・染料を使って身の回りのモノを彩ってきましたが、そのなかには強い毒性を持つものもありました。たとえば、赤い船底塗料には亜酸化銅が含まれており、その毒がフジツボなどの海洋生物が船底に付着することを防いできました。

ヒ素を含む鉱物とそれを主原料とする顔料の例(筆者蔵・撮影)

 じつは、かつて(主に19世紀以前)は書物の装丁にも、毒性のある色材が使われることがありました。それらの色材は、本を美しく装飾すると同時に、本を害虫から守る機能も果たしていたと思われます。

ヒ素を含む色材が表紙に使用された古い本(筆者蔵・撮影)

 しかし、ヒ素のような猛毒を含む色材の場合、その本は害虫だけでなくヒトにとっても大変危険です。そのため私は、海外の研究者たちからアドバイスをもらいつつ、日本各地の図書館や古書店と協力して、国内にあるヒ素を含む本の特定作業を進めています。また、利用者がヒ素に直接触れないように、ヒ素を含む本をデジタル化してオンライン公開するよう図書館に助言しています。

 こうした研究には、書物や図書館に関する人文学の知識とデジタルアーカイブや蛍光X線分析に関するデジタル技術の知識の両方が必要です。調査すべき本の数は膨大で、新しい研究分野のため課題も多いですが、誰もが書物を安全に利用できるように、ヒ素を含む本の特定作業とそのデジタル化を一歩ずつ着実に進めてまいります。