COMMUNICATIONS
エッセイ
三途の川の老女
坂知尋(プロジェクト研究員)
2024年11月22日
私は、日本仏教の大衆的なあの世の風景に関心を寄せており、特に奪衣婆(だつえば)という人物に関わる信仰について研究しています。
奪衣婆は、人が死後に渡るとされる三途の川のほとりで死者の衣を剥ぎ取る老女です。11世紀ごろに宗教書に登場すると、13世紀以降は仏教絵画にも描かれはじめ、あの世や地獄のイメージを構成する一要素として存在感を高めていきました。同時に、宗教書で語られる「死者の衣を剥ぎ取る」という役割に加え、そこから連想された新しい性格を持つようにもなります。江戸時代には、地獄や閻魔に関わる信仰の一部としての存在を超え、独立した尊格として信仰を集める事例も多く現れ、その利益は、女性救済、安産、子育て、咳治療、虫歯治療、裁縫上達など、元来の役割からは想像できないほど多岐にわたっています。
奪衣婆の多様な広がりは奪衣婆信仰の中に留まるものではありません。というのも、奪衣婆像が別の人物を表象し祀られる事例がしばしばあるからです。例えば、ある人物の母親や乳母、晩年の小野小町などの高齢女性を祀る際に奪衣婆像が使用されることがあります。このような場合、その人物の性格が奪衣婆と重なり合い、本人とも奪衣婆とも似ているようで異なる新しい個性を持つようになります。
現在はこのような奪衣婆の姿が転用された事例に興味を持ち調査を進めています。以前、奪衣婆と信じ込んで調査し始めた奪衣婆像が実は全く違う人物を祀るものであったことがあり、その経験から着想を得ました。その時は大変驚き、どう奪衣婆信仰とつなげようかと頭を悩ませたものですが、そのお陰で今新しい方向に導かれています。