COMMUNICATIONS
太平洋世界からジェンダーと移動の歴史を考える
2021年春、満開の桜に彩られた日文研に着任。季節はかけ足で巡り、気がつくと一年。この原稿にむかい合っている今、日文研の入口に立つしだれ桜の蕾が、新たな春を迎えて、またほころび始めている。わたしにとってあっという間の一年は、長引くコロナ禍とウクライナでの開戦という、平和と平穏とは程遠い一年でもあった。この激動と沈静の2021−2022年に、外国人研究員として日文研に滞在し、この上もなく恵まれた研究環境にひたらせていただいた。日文研への感謝の気持ちでいっぱいだ。その一方で、研究計画に変更を重ねることを余儀なくされ、これからの世界の行方に気がかりはつきないが、ここではポジティブな面を語りたい。
わたしが取り組んでいるのは、主として太平洋世界からジェンダーと移動する人々の歴史をとらえ直すという課題だ。目標の一つは、知識人や為政者の立場からだけではなく、社会史でいうところの普通の人々がどのように日本近現代史を組み替えてきたのかを、ジェンダー、移民、移動を焦点に探ること。もう一つは、海外を含めた日本人の近世と近代がどのように交錯し、どのように分節してきたのかをグローバル・ヒストリーの視点から考察すること。この一年間、研究のための貴重な時間、図書館の豊富な資料、教員の方々の斬新で知的刺激にあふれた研究活動、そして職員の方々から様々な支援をいただいて、研鑽の日々を送ることができた。井上章一所長とカウンターパートの安井眞奈美先生をはじめ、日文研の教職員のみなさまには、心からお礼のことばを贈りたい。
研究以外では、日文研の周りの豊かな自然に心癒されることが多い一年でもあった。朝、窓をあけると耳に舞いこむ鳥のさえずり。竹林の道で遭遇した動物たち。野鳥遊園から続く山道を登ると、突然開ける桂川と京都盆地の眺め。霞と霧に煙る山々。時には大枝山を降りて、散策した京都の街角。パンデミック禍、遠出をすることはできなかったが、いつも何かしらの発見に恵まれた。
2022年の夏からは、外来研究員(日本学術振興会)として、太平洋世界とブラジルにおける日本人植民者と移民を主眼とした新しい研究プロジェクトを開始する。この一年間の感謝とこれからもどうぞよろしくとの思い、そして平和への祈りを込めて、この小論をお届けしたい。